河越茶 鈴木園
埼玉県の川越は戦国時代まで河越と言われており、江戸時代から川越になりました。その言われは、川を越えた場所にあるから、土地が肥えているから、など諸説あるようです。狭山茶の茶処、川越市上戸にある河越茶の鈴木園を視察させて頂きました。
100mほど離れた所に、源義経の正室、郷御前の実家、河越家の館跡があります。館の大手門だった可能性が高い、鈴木園の土地。立派な長屋門のお屋敷です。
明治時代からの茶畑と明治20年に作られた長屋門は、2009年に彩の国景観賞を受賞しています。右は長屋門の部屋の入り口。
かつては門番が居住していた長屋門の部屋。今はアンティークの農耕器具が保管されています。右は茶摘み用の籠。
左は振るい。真ん中は箕。右は茶臼。
明治の頃は米、養蚕、お茶を生業にしていましたが、昭和初期からはお茶専門になったそうです。
左は部屋の入り口にある水車。右は屋根にある明治期の小谷田の瓦です。
お屋敷の周囲にあるヤブキタの茶畑(左の写真)。左奥に茶工場が見えます。中に入らせて頂くと、敷地内の木を切り出して作った、時代を感じる屋根が目に飛び込んできました。曲がっている木材は松だそうです。
左は生葉コンテナ。真ん中はコンテナ側の床。床下には生葉を保管するスペースがあります。右は火入れ機。
茶箱が積まれている茶工場。現在は一番茶のみ製造しています。
茶畑には、京都栂尾から来た在来種の茶樹もありました。
鈴木家16代目、茶農家は3代目だそうですが、河越茶(抹茶)を作っていた中世は、鈴木園の周辺に茶畑があったそうです。
令和となった今も尚、中世と明治の世を身近に感じる鈴木園でした。
※台風19号の被害に遭われた方々に、心よりお見舞い申し上げます。