かごしま茶 産地視察ツアーNo.2
2日目は、鹿児島県茶市場の入札視察から。

ずらりと並ぶ、鑑定盆と鑑定杯。

JAかごしま茶業にて、仕上茶工場で選別される各部位。


出来上がった仕上茶は、トラックで運ばれて行きます。

お昼はお茶づくし弁当(お茶入りさつまあげ、きびなご茶衣フライ、鰆茶柚庵焼き、黒豚軟骨立田揚げ胡麻茶ふりかけ、さつま芋茶羹などが入ってます)。

食後は、仙厳園から桜島を望む。島津の殿様が眺めていた景色です。

駆け足で通り過ぎた2日間。とても濃い2日間でした。
2日目は、鹿児島県茶市場の入札視察から。

ずらりと並ぶ、鑑定盆と鑑定杯。

JAかごしま茶業にて、仕上茶工場で選別される各部位。


出来上がった仕上茶は、トラックで運ばれて行きます。

お昼はお茶づくし弁当(お茶入りさつまあげ、きびなご茶衣フライ、鰆茶柚庵焼き、黒豚軟骨立田揚げ胡麻茶ふりかけ、さつま芋茶羹などが入ってます)。

食後は、仙厳園から桜島を望む。島津の殿様が眺めていた景色です。

駆け足で通り過ぎた2日間。とても濃い2日間でした。
今月上旬、かごしま茶・産地視察ツアーに行きました。到着後、まずはお昼のお茶会席(知覧茶ムース、知覧茶御飯、知覧茶そばなど)。

食後は、薩摩英国館に行きました。摘みたての夢ふうき(紅茶)を頂きました。

別行動グループとの集合場所、知覧パラダイスにあるオブジェ。制作費は340万だそうです。

そしていよいよ、ハイライトの茶園視察。デジカメだと写っていませんが、バックに開聞岳が見えます。
桜島が数日前に噴火しましたが、風向きのせいか、灰は気になりませんでした。

下は山麓傾斜地帯の茶畑。

乗用型摘採機から摘んだお茶の葉をトラックに移しています。

摘採したお茶の葉が運ばれる、第4工場(荒茶工場)の外にある看板。品種が豊富な鹿児島ならではです。

No.2に続きます。
先月、埼玉県入間市農場研修センターで、二番茶(荒茶)を製造してきました。
<研修センターから見える茶畑>
二番茶は、6月頃摘まれた一番茶の後のお茶のことです。
そして、荒茶(あらちゃ)。聞いたことはありますか?荒茶とは、茎や粉などもまざった、約5%の水分を残して貯蔵しやすくしたお茶の葉のことです。お茶屋さんの店頭に並んでいるお茶は、この荒茶から茎や粉を取り除き、大きいものは切断して形を整え、最後に乾燥させて香味を引き出した、仕上げ茶です。
つまり緑茶は、荒茶と仕上げ茶の2段階の行程を経て、商品になります。
普通煎茶の荒茶製造方法は、摘んだ生葉を蒸して発酵を止め、揉みながら乾燥させ、形を針状に整え、さらに十分乾燥させると荒茶ができあがります。
<蒸し機に生葉を投入中> <蒸し機>
<粗揉機・熱風の中でお茶の葉を揉む>
<揉捻機・もっと揉む>
上記の行程を経て出来上がった荒茶。狭山の品種茶ふくみどりです。
意外だったのは、お茶の葉を揉む機械「粗揉機」の洗浄方法。
上の写真は何に見えますか?
これは乾燥したヘチマです。水と一緒に機械に入れて動かすと、自然に泡立ち、中がきれいになるそうです。改めて、植物の力のすごさを知った1日でした。
ひき続き、お茶のルーツを探す旅です。
鳥獣人物戯画で有名な、栂尾にある高山寺。
下の写真は国宝・石水院です。後鳥羽上皇から明恵上人に贈られ、高山寺に移築したものです。
石水院ではお抹茶が飲めます。
13世紀初め、明恵上人は宗から帰国した栄西に、茶の種を譲り受けました。そして、この地に茶の種を撒きました。宇治茶発祥の地です。
すがすがしい澄んだ空気が印象的でした。この茶園では今でも茶摘みをしていて、一番茶は奈良の春日大社に贈られるそうです。
明恵上人といえば、前回ご紹介した萬福寺にも縁があります。下の写真は萬福寺総門近くにある、駒蹄影園碑。
茶の種の撒き方を知らない農民たちに、明恵上人は馬で畑に乗り入れ、蹄の跡に茶の種を撒くよう助言したと言われています。
お茶のルーツを探す旅は、これからも続きます。
1年前、京都を旅しました。
目的のひとつは、黄檗宗の萬福寺。萬福寺は企業の新人研修の場としても有名で、開山の祖は陰元禅師です。陰元禅師はインゲン豆やスイカ、レンコン、たけのこを日本に普及させ、煎茶道具や煎茶道の下地を広げた人です。
また、萬福寺は普茶料理も有名です。普茶料理とは中国の精進料理のことです。
写真は普茶弁当です。
そしてこのお寺には、あの達磨(ダルマ)大使の座像もありました。
西暦520年、達磨大使は、仏教の教えを広めるためインドから中国にやってきます。修行中激しい睡魔に襲われた際、「このまぶたがあるから眠くなるのだ。」と自ら自分のまぶたを切り取り、ちぎって投げ捨てました。すると翌日、そこから2本の樹が生えてきて、みるみるうちに成長します。大使がその葉を食べてみると、眠気は去り、悟りを開くことができました。大使が食べたこの樹の葉が、お茶であったと伝えられています。そして大使はこのお茶の葉のおかげで、9年間不眠の苦行を成し遂げたとされています。※カフェインによる覚醒作用を示しています。
百聞は一見にしかず。お茶のルーツを探す旅は、来週に続きます。