いつもお茶の時間!

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2017/07/31??

秋田・檜山茶を訪ねて Part.3

大高園の後は、その近くにあるもう一軒の生産家、梶原さんの茶畑を視察させて頂きました。

北限の茶畑看板 茶畑の看板とクマ注意の看板

左は目印の看板。秋田県の生葉の生産量は約120kg。製品になるのは、そのうち約20%。なんとか流通しているということで、北限と表示されています。目印の看板の前を通り過ぎ、右の写真の茶畑に通じる細い道の入口に行くと、秋田らしい「注意 クマ出没」の看板が。

檜山茶の茶畑

熊に会わないよう祈りながら細い道を少し登ると、目の前に30aの茶畑が広がっています。品種はやぶきたです。江戸時代から品種改良されていないそうです。周囲に樹高の高い杉が植えられているので、自然仕立ての覆い下製法になるそうです。

檜山茶 新芽アップ

秋田の1番茶は、訪問した時期の6月上旬が摘み時です。摘採時期は、2番茶半の8月上旬までだそうです。手摘みです。寒い地域なので、葉は肉厚で、害虫はハマキムシぐらいだとか。10月から3月までは、茶樹を風雪から守るため、冬囲い(筵や簾で)するそうです。

安東愛季 崇徳館表札

茶畑視察の後は、檜山茶保存会の方達との交流会で、檜山崇徳館を訪れました。檜山崇徳館は、崇徳小学校跡地に再建された、江戸時代からの教育拠点施設でした。現在は、市役所出張所、公民館、檜山のPR機能を合わせ持つ施設です。左の写真は、駐車場に掲示されていた安東愛季(アンドウチカスエ)の肖像画。安東愛季は、安土桃山時代に檜山を治めていた武将です。

檜山崇徳館前の茶畑 崇徳館前の茶の木

駐車場から崇徳館入口に繋がる階段の横には、茶の木が植えられています。

交流会には、檜山茶を静岡流手揉み(グリ茶)で生産している、梶原啓子さんもいらして下さいました。

ガス式ほいろ ガス式ほいろの手揉み

左の写真は、崇徳館に設置してあるガス式焙炉です。啓子さんからガス式焙炉の説明を受け、手揉みの仕方も教わりました。手揉み7:茶の栽培3の比率で、お茶の味が決まるそうです。檜山のグリ茶は購入できたので、後日家で淹れて飲みました。

檜山茶リーフアップ 檜山茶 梶原さん 1煎め 急須の中の檜山茶

茶葉は濃緑色ですが、所々に白い葉が混じり覆い香がしました。水色は淡く、口の中に濃厚なうま味が満ち溢れますが、重くはありませんでした。

挿し木法の実験中の茶畑 挿し木法アップ

上の写真は、実生からしか育たなかった樹を、挿し木法に変えるために研究中の苗。葉の色が濃緑色です。2年目です。ある程度根が下に伸びるまで、苗をポットに入れたまま栽培しています。来年定植予定だそうです。

実生の茶畑 実生アップ

こちらは、実生から栽培している苗。5〜10年経過したものです。以前の挿し木法では、茶の樹は2〜3年経つと根が横に張るので、霜でやられてしまったそうです。

研究中の挿し木法で生産量が増えることは、地元の方達の願いであり、私たちの願いでもあります。手摘み、手揉みの檜山茶。想像以上においしかったです。これからも応援しています。

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2017/07/24??

秋田・檜山茶を訪ねて Part.2

1833年、多賀谷家家老、石川官太夫が宇治から茶の実を持ち帰り、凶作対策として生まれた檜山茶。10haあった茶畑は戦争などの影響もあり、現在の面積は、その30分の1の広さで40a。しかも檜山茶生産家は、兼業で僅か2軒のみしかありません(近い将来3軒になる予定)。そのうちの1軒である、大高園の茶小屋を見学させて頂きました。

大高園 霧山天神宮

大高園は多宝院の近くで、霧山天神宮の隣にあります。

茶小屋 道の先に茶畑

入口の階段を上ると出現する、築100年の茶小屋。大高園の茶は檜山流の作り方で、ここで製造されます。この場所でしか作れないそうです。右の写真は、茶小屋の横に伸びる小道。天気が不安定で足元が悪く、行くことはできませんでしたが、道の先には、大高園の10aの茶畑があります。

窯 笹入り窯

檜山流の茶の製造方法は、①茶摘み後、茶葉を焙炉の上で1日ねかせ、②笹の入った釜(上の写真)の上で、蒸します。

炭式ほいろ

③蒸した後、炭式の焙炉(上の写真)の上で、

白炭 炭

母体の白炭(左の写真)と楢の木の炭(右の写真)に火を行き渡らせてから葉打ちをし、

かます

④かます(上の写真)の上で粗揉みをし、繊維質を壊します。

⑤粗揉み後の茶葉を、再び焙炉の上に移して玉解きし、⑥手揉みをし、

藁 大高園のほいろ

⑦藁(上の写真)と炭を用いたとろ火の焙炉の上で、茶葉を一晩置きます。

ほいろの上の茶葉

焙炉の上の茶葉。ひとつまみ口に入れたら、パリパリして燻製香がしました。燻す理由は不明だそうです。

茶箱

⑧その後、茶箱(写真後方)の中に1週間置きます。昔は瓶に入れたそうです。

とおし

⑨1週間後、出した茶葉を焙炉で乾燥させ、とおし(上の写真)や蓑などを使用してサイズを揃えます。

計量用のざる 大高さんと秤

⑩茶葉は天秤で計量します。左の写真は、茶葉を入れる計量用のザル。右の写真は、天秤棒を持つ園主の大高翔さん。私たちを袴で迎えて下さった大高さんは、お隣の神宮の神主でもあります。

檜山茶瓶入り 檜山茶瓶入り裏

見学後、Part3で紹介する檜山崇徳館に場所を移し、大高さんが淹れて下さった檜山茶を頂きました。

お茶を淹れる大高さん 檜山茶 一煎め 檜山茶一煎めの茶殻

大高園の檜山茶の感想は、ミルキーな香りがして、青々とした玉露の香味に似ているが重くなく、燻製香が隠し味でした。

私たちが訪問する直前、テレビ局の取材が入り放送された為、お茶はすべて売り切れで購入できませんでした。残念。

Part3に続きます。

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2017/07/17??

秋田・檜山茶を訪ねて Part.1

日本各地が梅雨入り仕始めた6月上旬、秋田県で生産されている檜山茶(ひやまちゃ)を求めて、東能代に足を運びました。

東能代駅4 東能代駅3

東能代駅は五能線(東能代駅から弘前駅まで)の起点駅です。

東能代駅2 東能代駅1

秋田県で茶を生産していることは認識していましたが、茶の経済的北限はもっと南(新潟県の村上茶と茨城県の奥久慈茶を結んだライン)であり、どんなお茶と出会えるのか、とても楽しみにしていました。

檜山城趾 多宝院への道

まず向かったのは、しだれ桜で有名な、檜山城趾にある多宝院。檜山は、室町時代から武将安東氏が、江戸時代からは秋田藩家老、多賀谷氏が治めていた土地です。

多宝院の看板 多宝院山門

多宝院の山門には、四方に雌雄の獅子が施されています。

多宝院 多宝院の茶臼

多賀谷氏の菩提寺である多宝院と入口にあった茶臼。

石川官太夫の墓 石川官太夫の墓石

隣接した墓地に、多賀谷家家老、石川官太夫の墓もありました。官太夫は、宇治から茶の実を持ち帰り、檜山に茶を広めた人物です。

Part.2に続きます。

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