いつもお茶の時間!

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2019/11/25更新

高林謙三の墓所と中院

小江戸川越七福神の大黒天が祀られている、川越大師喜多院の成り立ちは、奈良時代に遡ると言われています。

喜多院看板 喜多院4

喜多院は、徳川家康、家光にも所縁があります。右の写真は慈恵堂。

喜多院2 喜多院3

左の写真は多宝塔です。

高林謙三の碑 高林謙三の碑の側の茶の木

境内には、高林謙三の石碑(左の写真)もあります。右の写真は石碑の周りに植えられている茶樹。

高林謙三は川越藩主の侍医を勤めた後、狭山茶の産地である川越で、明治期に製茶機械を発明したパイオニアです。

喜多院斎霊殿 高林謙三の墓の石碑

喜多院から約100m東にある喜多院斎霊殿(左の写真)に、高林謙三の墓所があります。右の写真は墓所と書かれている石碑。

高林謙三の墓 高林謙三の墓の看板

左の写真が本物の墓所。入り口に看板(右の写真)が立てられています。

中院 門 中院 看板2

喜多院、斎霊殿から約300m南には、天台宗の開祖、最澄の弟子、円仁が建立した中院(左の写真)があります。

中院看板 中院 島崎藤村石碑

中院は、作家、島崎藤村の石碑があり、不染と刻まれています(右の写真)。藤村の妻、加藤静子は川越出身で、藤村も度々川越を訪れていました。義母であり茶の先生でもある加藤みきとは親しく、義母に贈呈した茶室と義母の墓所があることでも有名です。

狭山茶発祥の地の石碑 中院 狭山茶発祥の地 石碑2

円仁が京から持ち帰った茶の実を植えたことが始まり、とされる河越茶(狭山茶)。様々な説がありますが、狭山茶発祥の地の石碑(左の写真)も建っています。

茶と仏教のつながりを改めて認識した、川越の旅でした。

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2019/10/28更新

国指定河越館跡史跡公園と資料館

東武東上線、霞ヶ関駅北口から徒歩15分の距離に、国指定河越館跡史跡公園と資料館(上戸小学校)があります。

史跡公園の茶樹

河越館とは、平安末期から南北朝時代に武蔵国で実権を持っていた武士、河越氏の館です。「河越茶 鈴木園」の記事にも書きましたが、河越重頼の娘、郷御前が、源義経の正室になっています。

河越館跡史跡公園 史跡公園の茶樹3 史跡公園

河越館跡史跡公園を囲むフェンスの内側に、茶の木が植えられていました。右の写真の公園の右側の建物は、資料館のある上戸小学校です。

史跡河越館跡整備について 外周を廻る道路看板

公園内には、当時の様子を示す案内板が設置されています。右の写真は、館の周囲を囲んでいた堀の跡です。幅4m、深さ2m、南北75m、東西100mの四角形に伸びています。

塚状遺構 史跡公園 塚状遺構

上は塚状遺構。霊廟あるいは納骨堂だったようです。盛り土の上に石を敷き、周囲は溝でした。

井戸跡 井戸跡看板

井戸跡。敷地内にあった井戸で、囲いが復元されています。

区画の堀 史跡公園の堀

平一揆で敗戦し河越氏が滅んだ後、戦国時代に山内上杉氏が陣営を構えた堀跡です。

区画した堀看板 河越館跡の発掘調査看板 河越館跡をイメージ 河越氏について看板

他にも発掘調査看板などが設けられています。

上戸小学校 資料館

公園に隣接する川越市立上戸小学校。現役の小学校の1室が資料館になっています。

天目茶碗 資料館 天目茶碗のかけら

史跡から発掘された中国製の天目茶碗(左の写真)と天目茶碗のかけら(右の写真)。

茶臼 資料館 茶壺 資料館

茶臼(左の写真)と茶壺(右の写真)。

茶入れ 資料館 瓦室風炉

茶入れ(左の写真)や瓦室風炉(右の写真)も展示されていました。

入間川が近くに流れている史跡公園周辺は、当時茶畑があり、抹茶(河越茶)を作っていたようです。河越は京都栂尾に次ぐ茶の産地でした。出土した品から、河越氏が茶を好み、喫茶文化を広めていた可能性を物語っています。

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2019/10/14更新

河越茶 鈴木園

埼玉県の川越は戦国時代まで河越と言われており、江戸時代から川越になりました。その言われは、川を越えた場所にあるから、土地が肥えているから、など諸説あるようです。狭山茶の茶処、川越市上戸にある河越茶の鈴木園を視察させて頂きました。

河越茶 鈴木園 母屋

100mほど離れた所に、源義経の正室、郷御前の実家、河越家の館跡があります。館の大手門だった可能性が高い、鈴木園の土地。立派な長屋門のお屋敷です。

彩の国 景観賞2009 長屋門 門番の部屋

明治時代からの茶畑と明治20年に作られた長屋門は、2009年に彩の国景観賞を受賞しています。右は長屋門の部屋の入り口。

長屋門の中4 長屋門の中3 長屋門の中 茶摘み用籠

かつては門番が居住していた長屋門の部屋。今はアンティークの農耕器具が保管されています。右は茶摘み用の籠。

長屋門の中8 長屋門の中9 長屋門の中の茶臼

左は振るい。真ん中は箕。右は茶臼。

明治の頃は米、養蚕、お茶を生業にしていましたが、昭和初期からはお茶専門になったそうです。

水車 鈴木園 長屋門 コヤタの瓦

左は部屋の入り口にある水車。右は屋根にある明治期の小谷田の瓦です。

鈴木園 茶畑 やぶきた 鈴木園 茶工場 屋根

お屋敷の周囲にあるヤブキタの茶畑(左の写真)。左奥に茶工場が見えます。中に入らせて頂くと、敷地内の木を切り出して作った、時代を感じる屋根が目に飛び込んできました。曲がっている木材は松だそうです。

生葉管理装置 鈴木園 地下に生葉コンテナあり 火入れ機 鈴木園

左は生葉コンテナ。真ん中はコンテナ側の床。床下には生葉を保管するスペースがあります。右は火入れ機。

鈴木園 茶工場3

茶箱が積まれている茶工場。現在は一番茶のみ製造しています。

栂尾からの在来 栂尾からの在来花アップ

茶畑には、京都栂尾から来た在来種の茶樹もありました。

鈴木園 河越茶 霞ヶ関

鈴木家16代目、茶農家は3代目だそうですが、河越茶(抹茶)を作っていた中世は、鈴木園の周辺に茶畑があったそうです。

令和となった今も尚、中世と明治の世を身近に感じる鈴木園でした。

※台風19号の被害に遭われた方々に、心よりお見舞い申し上げます。

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