先日行われたお茶料理研究会の「お茶料理講習会」の様子をアップします。

会場は、NHKの料理番組の収録などにも使われる、東京ガス㈱スタジオ プラス ジー ギンザ 。上の写真はエントランス。

講師は相模女子大の大迫早苗先生。大迫先生のデモンストレーションの後、各テーブルに分かれて実習です。この日のメニューは、煎茶を使ったミートローフ、ほうじ茶ごはん、抹茶を使ったブッシュドノエル、煎茶と抹茶を使ったアコーディオンサラダです。

左のアコーディオンサラダは、トマトの間に煎茶に漬け込んだゆで卵を挟み、抹茶入りのフレンチドレッシングをかけます。右はほうじ茶ごはんと煎茶の茶葉入りミートローフ。付け合わせはにんじんのグラッセ、芽キャベツとパイナップルのソテーです。

クリスマス仕様でイチゴを添えたブッシュドノエル。ケーキをカットすると抹茶色のスポンジが見えます。シニアティーインストラクターの先輩が、ケニアにクローブ、シナモン、カルダモンなどをミキシングしたオリジナルクリスマスティーを淹れて下さいました。もっと飲みたかったです。

こちらもシニアティーインストラクターの先輩のクリスマスティーテーブルのセッティング。青いテーブルクロスとクリスマスカラーがマッチした素敵なコーディネートでした。
大高園の後は、その近くにあるもう一軒の生産家、梶原さんの茶畑を視察させて頂きました。

左は目印の看板。秋田県の生葉の生産量は約120kg。製品になるのは、そのうち約20%。なんとか流通しているということで、北限と表示されています。目印の看板の前を通り過ぎ、右の写真の茶畑に通じる細い道の入口に行くと、秋田らしい「注意 クマ出没」の看板が。

熊に会わないよう祈りながら細い道を少し登ると、目の前に30aの茶畑が広がっています。品種はやぶきたです。江戸時代から品種改良されていないそうです。周囲に樹高の高い杉が植えられているので、自然仕立ての覆い下製法になるそうです。

秋田の1番茶は、訪問した時期の6月上旬が摘み時です。摘採時期は、2番茶半の8月上旬までだそうです。手摘みです。寒い地域なので、葉は肉厚で、害虫はハマキムシぐらいだとか。10月から3月までは、茶樹を風雪から守るため、冬囲い(筵や簾で)するそうです。

茶畑視察の後は、檜山茶保存会の方達との交流会で、檜山崇徳館を訪れました。檜山崇徳館は、崇徳小学校跡地に再建された、江戸時代からの教育拠点施設でした。現在は、市役所出張所、公民館、檜山のPR機能を合わせ持つ施設です。左の写真は、駐車場に掲示されていた安東愛季(アンドウチカスエ)の肖像画。安東愛季は、安土桃山時代に檜山を治めていた武将です。

駐車場から崇徳館入口に繋がる階段の横には、茶の木が植えられています。
交流会には、檜山茶を静岡流手揉み(グリ茶)で生産している、梶原啓子さんもいらして下さいました。

左の写真は、崇徳館に設置してあるガス式焙炉です。啓子さんからガス式焙炉の説明を受け、手揉みの仕方も教わりました。手揉み7:茶の栽培3の比率で、お茶の味が決まるそうです。檜山のグリ茶は購入できたので、後日家で淹れて飲みました。

茶葉は濃緑色ですが、所々に白い葉が混じり覆い香がしました。水色は淡く、口の中に濃厚なうま味が満ち溢れますが、重くはありませんでした。

上の写真は、実生からしか育たなかった樹を、挿し木法に変えるために研究中の苗。葉の色が濃緑色です。2年目です。ある程度根が下に伸びるまで、苗をポットに入れたまま栽培しています。来年定植予定だそうです。

こちらは、実生から栽培している苗。5〜10年経過したものです。以前の挿し木法では、茶の樹は2〜3年経つと根が横に張るので、霜でやられてしまったそうです。
研究中の挿し木法で生産量が増えることは、地元の方達の願いであり、私たちの願いでもあります。手摘み、手揉みの檜山茶。想像以上においしかったです。これからも応援しています。
日本各地が梅雨入り仕始めた6月上旬、秋田県で生産されている檜山茶(ひやまちゃ)を求めて、東能代に足を運びました。

東能代駅は五能線(東能代駅から弘前駅まで)の起点駅です。

秋田県で茶を生産していることは認識していましたが、茶の経済的北限はもっと南(新潟県の村上茶と茨城県の奥久慈茶を結んだライン)であり、どんなお茶と出会えるのか、とても楽しみにしていました。

まず向かったのは、しだれ桜で有名な、檜山城趾にある多宝院。檜山は、室町時代から武将安東氏が、江戸時代からは秋田藩家老、多賀谷氏が治めていた土地です。

多宝院の山門には、四方に雌雄の獅子が施されています。

多賀谷氏の菩提寺である多宝院と入口にあった茶臼。

隣接した墓地に、多賀谷家家老、石川官太夫の墓もありました。官太夫は、宇治から茶の実を持ち帰り、檜山に茶を広めた人物です。
Part.2に続きます。